当社研修をご利用の皆様の声 【一生懸命学校】

富士山一生懸命学校第109期 南島原市立南有馬中学校 松尾 康一郎 様


「一生懸命に」



 この訓練に行くと聞いた時は、とてもイヤな気持ちでした。だって、知らない人達と長い間を共に過ごすことが、僕にはとても考えられなかったからです。しかし、不安でいっぱいの中、ここに来てみると、想像とは全く違うものでした。

 着いてからすぐにみんなと打ち解け「この人達となら訓練を頑張れる」と思いました。訓練には、さまざまなものがあります。その一つ一つが難しく、一生懸命取り組まないと出来ない課題ばかりです。訓練を振り返ってみると、色々な訓練を共に頑張ってきました。「第一回実力テスト」は、90点でなんとか合格しました。中間マラソンテストではあまり良い結果が出せなかったものの、悔しい気持ちが湧いてきて「頑張るぞ!!」という気持ちが生まれました。

 特に、「20キロ夜間行進」が僕の中で一番の思い出です。指揮官を任され、自分が出来るのかと不安でした。結団式では「ONE FOR ALL ALL FOR ONEの心をもって、みんなでゴールします」と宣誓し、みんなでゴールすることを目指しました。しかし、途中で道に迷ってしまいました。でも、何とかその危機を乗り切り、最後の難所である自然の村までの上り坂に来ました。途中で、玉那覇がリタイア。しかし、彼はみんなとゴールしたいと言い、最後の500メートルぐらいを玉那覇を含め、みんなでゴールしました。みんなで一つのことを達成する素晴らしさを感じることが出来ました。

 「第二回実力テスト」では点数は80点と下がったものの、合格して良かったです。宴会では、みんなと喋ったり、色々な楽しいことをしました。

 そして、いよいよ「最終マラソンテスト」です。結果はまだ分かりませんが、自分の力を精一杯出して取り組みます。僕はこの訓練を振り返り、みんなと助け合っていく難しさ、みんなで達成することの楽しさ、また少し違うことですが、親や兄弟の大切さ、まとめて家族の大きさや大切さが分かりました。

 僕がここを出る時、どんな自分に生まれ変わっているか見当がつきませんが、新しい自分に生まれ変わっていることを期待してください。新しい自分、新しい松尾康一郎に生まれ変わって、今までの自分を捨て、長崎の地を踏みます。

 この文章を書いている時、ふっと思いました。「自分に足りないものは何だろう?そうだ感謝だ!!」と。この訓練では、特に挨拶を徹底しています。感謝の心を忘れず、大きな声で「ありがとう」を言えるようにします。自分に出来る仕事を進んで出来るよう、そして家族の一人でも楽が出来るように、まず家に着いてから、それらのことをします。有言実行を必ずします。

                                                 以上

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富士山一生懸命学校 第108期 名古屋市立藤森中学校 三浦 麟太郎 様


「自分じゃない自分へ」



 僕は、一生懸命学校が大嫌いです。それは何故かと言うと、いちいち挨拶をしなければいけないし、朝は早いし、人の前で歌を歌ったりしなければならないからです。でも、その考えは2日目あたりまでの考えです。ここでは、真面目なことを言っても誰も笑わないし、大声を出さないと逆に恥ずかしいくらいです。

 僕は、中学校では部活や自分のやりたいこと以外は、サボッたり、面倒臭がったり、うまくいかないとふてくされて誰かに八つ当たりをしたりしていました。そして、僕が八つ当たりしていたのは、大好きな部活でした。ストレスを部活でなくしてうまくいっていた時もありましたが、最近先生が「走り方が悪い」だのなんだのと文句を言ってくるのが嫌で部活も楽しくなくなってしまいました。ストレスといっても大人の人ほどではありませんが、僕にとってはかなりの重みです。だから、何もかも楽しくなくなってしまいました。

 友達の前では、ムリに笑顔を作って心の中で悩んでいました。親に相談すれば良かったのですが、少し恥ずかしい気持ちがあり、友達には言っても冗談だと思われて笑い飛ばされてしまうし、かといって暗くなって親に心配されるのが嫌で表には出さないようにしていました。

 しかし、そのストレスが勉強に出てしまい成績が下がって、親にもの凄く怒られました。その時に、今までのことを全部言おうとしたのですが、やっぱり言い出せずにいました。さらに追い討ちをかけるように、一生懸命学校に行けと言われました。僕は、もっとふさぎ込んでしまおう、もう誰も信じないと誓いました。

 1日、2日は「こんなのやってられるか」と格好つけてやりませんでした。しかし、11日経つまで、どうあがこうと帰れないのだからどうせやるんだったら一番になってやろう、父や母に「どうだ」と終わったら言ってやろうと決意しました。

 しかし、そんなに甘いことではなく、自分なりに大声で話したり、挨拶したりしているのに先生に怒られてふてくされて、また怒られてと何回か繰り返しました。僕は、その度に先生ではなくこんな所に11日間も閉じ込めた親を恨みました。心の中では、僕が変わって欲しいからここに行かせたと分かっていたはずなのに親を恨みました。

 しかし、ここに来て6日目あたりに、今まで行きたくもなかった学校や友達にとても会いたくなりました。僕は、いつも近くにあって当たり前だと思っていたことが、本当はとても幸せなんだと今までの環境がとても幸せだったと深く感じました。そういった幸せなことを父や母にやらせてもらっているのに一日でも父や母を恨んでしまった僕がバカだったと思いました。なので、家に帰ってすぐ元に戻らないよう友達の前でも恥ずかしがらないようにします。そして、帰って父や母に大声で「ありがとう」と言います。

                                                 以上

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富士山一生懸命学校   第107期                 木 元 様


「一生懸命学校で得たもの」



 僕はここに来ることが決まった時、正直嫌でした。最初は弟が行く予定でしたが「一人だけで十一日間も行くのはあぶないから」と言われ自分も行かなければいけなくなりました。

 学校に着き入校式でいきなり知らない校歌を歌わされたり、大声で自己紹介をさせられた時は「何だこの学校は」と思いました。さらに「駅頭歌唱」や「二十キロ夜間行進」があると聞いた時は嫌でたまりませんでした。初日に神田君がインフルエンザで退校した時は、自分も帰れないかと考えていました。

 しかし、嫌なことをやっているうちに、やるのが当たり前だと感じると、苦痛を感じなくなりました。さらに、苦しいことや、難しいことをやりとげた時の達成感が感じられるようになりました。

 聞くだけで嫌だった「駅頭歌唱」や「二十キロ夜間行進」では歌い終わり合格のサインをいただいた時、二十キロを完歩して事務局の前で「お疲れ様」と声をかけられた時は、自分はやりとげることができたんだと思いました。そこでどんな困難なことでもやらなければ始まらないと知りました。

 また、日常生活で絶対的存在だったのが時間でした。ここでは時間に間に合わせるためにキビキビ行動することが重要でした。何故、時間や期限が重要視されるかは、信用や対人関係を悪化させてしまうということ知りました。また常に時間を守るためにキビキビ行動することが大切だと知りました。

 最後にこの訓練を通じて、身にしみて感じたのが両親や祖父母に対しての感謝の気持ちでした。それを感じるのは朝起きる時と食事の準備やふとんをかたづける時など、自分が家であまりやらないことでした。快適すぎる生活が誰のおかげで成り立っていたのか理解できました。そしてそれこそが普通の生活だと勘違いしていた自分に気がつきました。

 家に帰ったら自分のことは自分でやって、親の仕事を今までさぼっていた分やらなければいけないと決心しました。訓練に参加させてもらって本当に良かったと思います。何日もこんな生活をしてとてもきつかったですが、得たものの方が多かったです。ここで得たものをこれからの人生にしっかり活かして親への感謝を忘れずに生活していきます。

                            以上

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